どうも、生まれは昭和です。

犬神寧子のはんなり生活

善よりもむしろ悪

最近考えてることでさ

善人になることを目指すのではなくて

ほどよい悪人になったほうが

人は生きやすくなるのではなかろうか?

ということである

悪の匙加減というのは難しい

それを極める方がなんだか面白そうだ

いい人とかさ目指すのは悪くはないと思う

けれど万人向けではない

大抵いい人になれてるときはいいけど

自分の中の悪の部分との葛藤がすごいよね

それねらば悪との共存に徹してはどうだろうか

悪を受け入れるのである

たにんは見てほしいとこは見てないし

見られたくないとかは覗いてるものだ

それを

だから?

と一蹴するくらいでいいと思う

女性が休日に化粧するべきか?とか

アホ臭い記事があることが悲しい

どっちでもいいじゃねえかと思うが

私が読んだ記事は

宅急便の人が来るかもしれないとか

そんなどうでもいいことのために毎日手を抜くな!と書いてあった

そうやってみんなつかれ果てて

ちょっと立ち寄ったコンビニの店員がもたもたしてて

当たり散らす

そのとばっちりを受けていた私のコンビニバイト時代

綺麗に化粧しててもコンビニのバイトにはすごく態度が悪くて

人間て見た目だけ追及してもダメなんだなあと悟った

男の人は隣に連れて歩くのに綺麗な女性だと

自分の格が上がったように勘違いしてるのもみてきた

それは女性は高級鞄ではないのだけどね

私が男と女のいろはみたいなのに興味はないし

上昇思考つうやつがかけていもしくはほぼないに等しいからだろうか

人間の欲望渦巻くところに行くと最近は気分が悪くなってねぇ

隠居生活があってるのよ

私はここに居ていい

ここが居場所

ここが生きる場所

そう自覚しているから

他人との競争には巻き込まれない

今頭で考えてることは

ゆでたまごが食べたいだから




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