どうも、生まれは昭和です。

犬神寧子のはんなり生活

ray

BUMP OF CHICKENのrayが好きと以前書いたけど

相変わらずすきです

ふとライブのrayを聴きながら

目をつむっていたの

そのときに

私から視力を奪われたら今まで通りの生活がかなりできないと空から降ってきた

そして今度は音がない世界になったら

己しかない世界である

そしてヘレン・ケラーに思いを馳せた

教育がどんなに大事で

ホームという安心して暮らせる場所がどんなに大事で

貧困が蝕む苦しみを

誰と比べるでもなく私は知っている

いや

体得している部分がある

比較はしない、あえて

わたしだけの話

その視線がかけられる言葉が

温もりが記憶の中から守ってくれている

人間を憎みながら

強烈に求めている

飢えている

誰も覚えていない私を

私も覚えていない私を

それが寂しくて寂しくて

悲しいのだ

映像とか情報の記憶はない

けれど私は確かに生きていた

けど誰も覚えていない

共に同じ家に暮らしているのに

けれどここに存在する自分は

生きてきた証である

自分の時間を売りながら

体がよろよろでも

それでも自分のの時間を売ったお金が搾取されても

それでしか生きてこられなかった

生き抜くためには

それを続けなくてはならなかった

だからいまがある

分かる人にはすごくわかる文章だと思うし

わからない人にはわからないだろう

きのううずくまってたら

道からにすみれが咲いていた

小さく可憐で

そのとき猛烈に「生」を意識したのである

岡本太郎と同じような経験をした

こんなにも生きづらくても

私はここで生きている

生かしてもらっている

命尽きるときまで苦しむだろうし

苦しむことで生きていることを確認しているのかもしれない

流されない

この生きる苦行を私は命尽きるまでするのだ









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