どうも、生まれは昭和です。

犬神寧子のはんなり生活

この田舎

今朝犬と散歩していたら

 

怪しいボロロンとした緑のものが木になってて

 

立ち止まって

 

怪しげに見ていたら

 

たくさんボロロンとそれがなってて

 

これはなに?

 

なんなの?

 

新種?

 

などといぶかしんでたら

 

紫の小さなボロロンがあって

 

あっ!これは!

 

アケビというものか?

 

スーパーのくだもの売り場で

 

異彩を放っていたあのアケビというもの

 

おそるおそる近づいたけど触れなかったのは去年のこと

 

アケビとは名前は聴いたことあったけどみたこともなくて

 

たいして気にもならなかったので

 

調べもしないでそのまま生きていた

 

アケビ

 

そのあとまたてくてく歩き始めたら今度は畑

 

これが畑というものなのねー

 

こんなに間近で見るのは初めてかも~

 

なんてふむふむとしてたら

 

なんと!

 

土からキノコ!

 

ドーンと白いキノコが土から生えていた

 

うおお

 

すげぇ

 

おののきながら歩いたら今度はなす!

 

畑にナスの畝があって

 

なすなすなすなす!

 

そのナスがスーパーで見るナスとは違って

 

なんていうか

 

もう黒に近いようにみえて

 

でっぷりとしてボロロンとたくさんなってて

 

その光景みてたら怖くなってきて

 

そそくさと畑の横を通りすぎた

 

この田舎

侮れない

 

というか、虫とかもみたこともないたくさんの種類がいて

 

毎年新種を見かけるので

 

もう大地の子まではいかなくても

 

田舎の子の仮免はもらえてる気はする

 

海はだめ

 

怖いから

 

私の主治医が子供の頃に都会の喧騒に感覚が合わなくて

 

藤沢(神奈川ね)に引っ越したの

 

そんで地引き網とかしてたとか言ってたけど

 

地引き網?

 

魚とかびちびちしてるのを捕まえたりとか

 

壮絶な話を聞いた

 

そもそも釣りとか無理

 

だからなんだけど

 

植物もスーパーとか八百屋で買うのはいいんだけど

 

収穫するという行為がダメ

 

なんかもうダメなのよ

 

肉も魚ももともとそんなに食べてなかったけど(子供の頃からね)

 

けど自分で捕獲してそれを食べるとか無理だな

 

どんだけ都会のもやしっこなんだとバカにされそうだが

 

土は好きなんだ

 

子供の頃から土に興味があって

 

庭で一人で土の研究してたから

 

理系ができたら土壌の研究者になりたかったし

 

けど今思えば

 

土の不思議を通してやはり子供ながらに

 

哲学的なことの基礎をかんがえていたのではないかとふと思うのである

 

この世の仕組みとか

 

いろんなこと考えてたから

 

あの狭い庭で私の基礎は作られたが

 

土をいじったあと家に入るのが困難を極めた

 

母が土大嫌いであったからだ

 

土がちょっとでも爪の間に残ってると

 

おぞましいとそれが原因で深爪にされた

 

それで私は深爪スタンダードになったのだ

 

とにかくキレッキレの都会っ子なお母さんは

 

結婚して自分の住む家の立地の田舎さに愕然として

 

都内から車で父と夜に乗ってたら

 

川面に映る団地の灯りが

 

真っ黒な川にゆらゆらしてて

 

「こんな田舎に住むなんて!」

 

とその場で泣きじゃくり

 

父をびっくりさせたエピソードを残した

 

親族もあの狸がいまだにでると噂の土地よりさらに先!

 

とたいそうびっくりしたそうで

 

そこの土地よりもまたさらに田舎に引っ越したときは(今の家ね)

 

私の人生って…

 

と、こよなく悲しんでいた

 

そこで都心と母を結ぶ架け橋となったのが私である

 

母にほぼ毎日お土産を買って帰らなくてはいけなくて

 

エレガントで洗練されたものを探し歩いてヨロヨロと終電とかで帰宅してた

 

韓国ドラマがブームになったときが一番悲惨だったかな

 

VHSのテープをヨドバシさんとかで大量購入してそれを家まで持ち帰っていたのであれは大変な労働でした

 

自分が入院したらケーブルテレビの番組表をもってこさせ

 

赤色のマジックでまるが大量につけられて

 

それをすべて録らないとキレていた

 

この役立たず!的に

 

思い出すだけで

 

私すごい頑張ってね生きてきたね

 

と自分で自分を慰労している

 

ねぎらいの言葉をいまでもかけてる

 

それだけ大変だった

 

中1の秋から、それ以前からだけど

 

ほんとうに母の喜ぶ顔が見たくて頑張ってきた

 

だってお母さんが大好きだったから

 

こどもの頃の夢が、お母さんと死ぬことである

 

そのくらい好きだった

 

今でも大好きでよく逢いたくて逢いたくて

 

強く想うと夢に母が登場してくれる

 

高倉健さんが亡くなったあとはややしばらくどんなに想っても逢えなかったけど

 

最近また夢の中で逢えている

 

父の夢にはまったくでてこないらしく

 

やはり母は私だったんだなぁとおもう

 

すごみを感じさせる母を支えられたのはわたしだけだったから

 

さっきオリオン座をみたから

 

秋は母の誕生日だから

 

それのプレゼント探しなどそれまた大変な時期だった

 

その昔の今ごろは今年は何にするかと考えに考えてたからね

 

あっけなく母が他界して

 

それからもうそんなことはしなくてもよくなって

 

それはそれでなにかうら寂しいものである

 

当時は大変だったけど

 

喜んでくれたときの達成感とか

 

いまいちなときのがっかり感とか

 

努力が報われたりそうでなかったり

 

 

 

 

 

今年はお母さんの誕生日になにか用意しよう

 

セブンのおでんはこの間お供えしたけど

 

これからちょくちょくお供えしてあげよう

 

好きだったからね

 

 

 

 

 

 

 

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